FX業界

枚数制限の衝撃と今後の展望

10月7日の発表に衝撃が走った

10月7日、あまり気にされてない、でもとても大きな変化を表す発表がありました。

GMOクリック証券が出したリリースです。

新規建玉上限を引き下げる「枚数制限」の発表です。これまで1日に米ドル/円を最大3億通貨まで取引できたのが、10月13日から最大5000万通貨へと激減しました。

この発表でFX界隈に衝撃が走っています。

もちろん「3億通貨もいらない」という人が大半ですが、1日に数百回も1ショット100万通貨で取引するような、いわゆる「ガチスキャ勢」には生活のかかった重大な問題です。発表当日から少なくない数のトレーダーからLINEやメールをもらいました。

  • 枚数制限の前:3億通貨で1ショット100万通貨=300取引が1日の上限
  • 枚数制限の後:5000万通貨で1ショット100万通貨=50取引が1日の上限

3億通貨のときでも、ツイッターでは「昼前なのに上限に達した」、「NYまで打てる枠を残しておこう」といった書き込みを目にすることがありました。

それだけGMOクリック証券が頼りにされ、1日300取引の上限を大切に使われていたことの裏返しでもありますが、上限が6分の1の50取引に引き下げられると、単純に考えれば収益も6分の1です。

なぜ枚数制限を行なったのか?

GMOクリック証券は「取引高世界1位」のトップ企業であるだけでなく取引ツールの使いやすさもあり、量と質の両面で優れた会社です。しかし、今回の発表で少なからぬガチスキャ勢が抜けていく、取引を減らすことは容易に想像できます。

FX会社は顧客に取引してもらえるほど儲かるはず。それなのになぜ自ら上限を引き下げたのでしょうか?

枚数制限の理由を考える前に、FX会社に起きていた変化をもう少し見ていきます。

3月から始まったスプレッドの広がり

2022年3月から猛烈な円安トレンドが始まりました。それと同時に米ドル/円のスプレッドが改悪されていきました。

スプレッドが広がったり、おなじみだった「0.2銭原則固定(例外あり)」との記載がホームページから消えたり、といった現象です。

3月以降に起きたスプレッドの変化

・「原則固定」の一時中止/変動スプレッドへ

・ホームページからのスプレッド記載中止

この現象は夏ころから落ち着きを取り戻しつつありますが、完全には復していません。

スプレッドの拡大も枚数制限も根っこにある問題は同じです。今、FX業界に何が起きているのか、いくつかのデータから見ていきます。細かい話も出てきますが、お付き合いくださると幸いです。

過去最高を更新した22年のFX取引高

最初に「円安トレンドが始まって個人投資家がどう動いたか」を見てみます。

一目瞭然です。店頭FXの取引高は3月以降、急増しました。2022年6月の月間取引高は過去最高。2022年の通年でも過去最高の更新は99.9%間違いありません。

とくに増えているのは米ドル/円です。全体に占める割合は7割を超えていて、例年よりも高い水準となっています。

取引高と収益の相関が崩れてきた

FX会社側に目を移します。

「FX取引高が増えればFX会社の収益(売上)も増える」のが、これまでの通例です。このグラフはヒロセ通商の取引高と営業収益ですが、だいたい同じように動いていますよね。

ここから考えると、「2022年の取引高は過去最高レベルに増えているのだから、FX会社の収益も過去最高レベルに増えているだろう」という推測が成り立ちます。

先ほどのヒロセ通商のグラフを見ると取引高は2022年6月が過去最高となっています。ところが月次収益の最高は2020年3月です。2022年の収益も例年よりは高水準なのですが、取引高の伸びに比べると弱くなっています。

「取引高ほどには収益が伸びていない」という傾向はヒロセ通商に限らず、他社でも同様です。

FX会社の収益構造を確認する

では、なぜFX会社の収益が思ったほど伸びていないのでしょうか?

インターバンク市場のスプレッドが拡大しているためだと思われます。

FX会社の収益、つまり売上は、顧客に約定させたレートとインターバンク市場でカバーしたときの差額です。顧客が140円10銭で買って、FX会社がインターバンク市場でカバーしたときのレートが140円09銭なら、差額の1銭が収益になります。1万通貨の取引なら100円です。

インターバンク市場のスプレッドが広がっていて、顧客には140.10円で売ったのにカバーしたレートが140.10銭だと収益はゼロです。カバーレートがもっと高くて、赤字になるケースもあり得るでしょう。

現在、主流となっている米ドル/円の0.2銭は115円台でボラティリティが低い時期にも「限界」と言われていました。145円台まで水準が上がりボラティリティが高まった今の時期では相当厳しくなっていることは想像に難くありません。

インターバンク市場のスプレッド拡大

最近FX会社の方と話していると「インターバンク市場のスプレッドが広がっていてキツイ」という声を、必ずといっていいほど耳にします。

本当に広がっているのか、こんなデータがあります。東京外為市場に参加する金融機関へのアンケート調査です。この調査は年2回行なわれるのですが、ちょうどいいことに今年の調査は円安トレンドが始まった4月に行なわれています。

スプレッドの開き具合を示す「スプレッド判断DI」、カバーのしやすさを示す「市場カバー容易さ判断DI」ともに今年4月に大きく悪化しています。普段は変動が少ない指標だけに今年4月の悪化が余計に目立ちます。

「取引高が増えるほどには収益が増えていない」のはなぜか。インターバンク市場のスプレッドが広がったことでFX会社がカバーしにくくなり収益効率が悪化したことが原因だと思われます。

また、「0.2銭原則固定(例外あり)」を維持することが難しくなったのも、同じくインターバンク市場のスプレッド拡大が原因です。

FX会社の収益効率はどのくらい落ちているのか

では、FX会社の収益効率はどのくらい悪化しているのでしょうか? 「収益÷取引高」でおおよその収益効率が求められます。

あるFX会社で取引高が100万通貨、収益が1万円なら「1万円÷100万通貨」で1通貨の取引で0.01円の収益が得られる、といった計算になります。ただ、このままだと直感的に把握しにくいので1万をかけて「1万通貨あたり収益」として話を進めていきます。先ほどの例だと1万通貨あたり収益は100円になります。

下のグラフがヒロセ通商の1万通貨あたり収益の推移です(ヒロセ通商ばかり例に出して申し訳ないのですが、単月の収益を公開しているためわかりやすいのです)。

2021年から2022年8月までのグラフですが、今年3月から明確に右肩下がりとなっています。

2021年3月には1万通貨あたり16.5円の収益がありました。ざっくり言えば「顧客が1万ドルを取引したとき、16.5円(0.165pips)が収益になる」ということです。ヒロセ通商のスプレッドは0.2pips=1万通貨あたり20円なので、イメージともだいたい合致すると思います。

ところが1年後の2022年4月の数字を見ると、8.5円(0.085pips)へと低下しています。1年前と比べると半分です。ここからはカバーコストで多く持っていかれて収益効率が低下している、という姿が浮かび上がってきます。

この傾向はヒロセ通商に限った話ではありません。

GMOクリック証券は四半期ごとに収益を公開していますが、2022年4-6月期の1万通貨あたり収益は8.8円(0.088pips)。前四半期の13.8円(0.138pips)から35%低下しています。

例外は独自路線のあの会社

原因がインターバンク市場にあるだけに収益効率の低下はどこの会社も同じだと思われます。

ただし1社、例外があります。DMM.com証券です。同社の未カバー率は突出して高く、「顧客注文は極力カバーせずに握る」という独特な経営方針を有していることが推察できます。

カバー取引が少なければインターバンク市場の影響も相対的に小さくなるため、「DMMの収益効率は他社ほどには悪化していないかもしれない」と考えられます。その分、損益のブレは大きくなり経営リスクは高まりますが、未上場企業であるため思い切った戦略が取れるのだろうと思います。

「取引高世界1位」は交代へ

DMMは未上場で開示情報がとても少ないため、推察でしかないのですが、ただ1つ、はっきり言えるのは、今年は「FX取引高世界1位」が入れ替わり、DMMがトップになるだろう、ということです。7月の時点でもこのようなツイートをしていました。

この予想は、10月にGMOクリック証券が発表した枚数制限でほぼ確実になりました。枚数制限でGMOクリック証券の取引高は大きく減少します。その減少分の多くは、ガチスキャ勢による秒~分単位の超短期取引でしょう。

エントリーから決済までが超短期のスキャルピングはカバーが難しい取引です。それが大幅に減少すれば収益効率は改善すると思われます。今回のGMOクリック証券の選択は「取引高世界1位」を捨てて実利を取りにいく選択だった、ということです。

「スプレッド0.3銭」もありそう

スプレッドの拡大や枚数制限などが今後どうなるか――。3月以降、急激に高まったボラティリティが落ち着くかどうかだと思います。

ボラティリティが落ち着けば新規建玉の上限は再び引き上げられて、スプレッドも安定してくるはずです。

このボラティリティが続くとFX会社の体力は削られていきます。そのとき考えられるのは米ドル/円のスプレッド拡大です。というか明日にもどこかが「米ドル/円のスプレッドを0.3銭に拡大する」と発表しても驚きません。

そのくらいFX会社はしんどそうに見えますし、熱湯風呂の我慢大会で互いの顔色をうかがっているような状況が現状だと思います。「意地を張ってないでみんなで0.3銭にしようよ」と呼びかけたいのが本音でしょう。

個人投資家とFX会社が共存するために

スプレッドの拡大や枚数制限は個人投資家側からすれば是が非でも避けたいところですが、FX会社の経営が傾くような事態も避けなければいけません。このボラティリティの中でも、うまく折り合える方策が見つかればいいなと思います。

FX会社の方にはもっと個人投資家の声に耳を傾けてほしいですし、9月に開催したFXコレクティブには「集団となることで個人投資家の発言力を高めたい」という思いもあります。

FX会社の体力ゲージがゼロになる前にボラティリティが沈静化するかどうか、それが今の注目点ではないでしょうか。

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